ユーラシア大陸から海を隔てた東に位置する列島に、近代天皇制を枠組みとした国家が成立し、現在まで、さまざまな状況下で移住を強いられた人たちが絶えず生み出されてきた。シリーズ「移住」において写真が捉えようとするもののひとつは、移住を余儀なくされた人たちがもともと住んでいた地と、その人たちが移り住んだ北方の島である。誕生したばかりの国家によって「北海道」と名づけられたその島は、先住民族アイヌともどもその国家に編入され、内地からの植民の対象となった。同時にそこでは数多くのアイヌの強制移住が常態化されもした。加えて、近代国家成立後に設置され、この移住に強くかかわった「開拓使」と呼ばれた官庁が置かれた東京と札幌という都市の一部、鉱山産業により形成され、その衰退と消滅に直面している諸地域、これらの諸領域を写真で捉えることが本書の主な軸をなしている。
開拓使が置かれた東京という都市の中心部にあり、列島の権力を構成する諸力にいく重にも取り囲まれているが、それ自体は、住むことが排除された不可視の空間である「皇居」と、その空間と類似性をもつとみなされた諸空間も本書の対象をなしている。
私たちは近年、私たちが住む列島で、きわめて特異な空間の出現を体験した。東京電力福島第一原子力発電所事故により高濃度の放射性物質に汚染され、国によって名づけられ境界づけられ登録された、「帰還困難区域」と呼ばれる区域とその周辺区域の形成である。ここでもまた人びとは、従来の住むべき地から移ることを強いられ、その地を去らなければならなかった。皇居と帰還困難区域を生み出した諸力は、これらと類似性をもつと思われるいくつもの空間をいまも生み出し続けている。それらは、住むことの排除によって本来的には不可視であるにかかわらず、ひとつめの軸を構成する諸場所と交錯し折り重なって私たちの視線に現れる。そこで写真に写ったもの、すなわち目に見えると思われるものは、ありふれた風景、都市、鉱山、原子力発電所、農地、そしてそこで暮らす人々の住居である。